The TANAKA Lab

Polymerization Chemistry Lab, Kyoto University

アゾベンゼン・アゾメチン三座配位子を用いたπ共役系の構築と発光材料の創出

はじめに

 π共役系高分子の一種であるポリパラフェニレンビニレン(PPV)はベンゼン環を介して単結合と二重結合が連続した構造を有し、π電子が分子骨格に非局在化することで高い発光性や導電性を示します。このようなπ共役系有機高分子は熱耐性が高く塗料として利用することができ、フレキシブル有機ELの大面積化や低コスト化へ向けた基盤素材として重要な役割を果たします。ここで炭素骨格の一部を窒素原子に置き換えると、骨格構造はそのままに光吸収性や発光性が変化させることができるため、PPVの物性を調節する有用な手段となります。しかし、ビニレン部位の炭素原子を1つ窒素原子に置き換えたアゾメチン構造や2つ置き換えたアゾベンゼン構造(ベンゼンを含まない場合はアゾ構造)は非発光性となるため、発光材料としての研究はあまりなされてきませんでした。そこで我々は、三座配位子とヘテロ元素を利用した錯体化により縮環構造を形成することで発光性を発現させられることを見出し、アゾベンゼン・アゾメチン三座配位子と錯体元素がもたらすユニークな光物性を研究しております。
総説: Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem. Rec. 2021, 21, 1358.
    Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Polym. J. 2023, 55(7), 723–734.

縮環型アゾベンゼンホウ素錯体

高効率近赤外発光高分子材料の開発

 N=N結合を主鎖に含むアゾベンゼンホウ素錯体が共役系高分子化により高効率近赤外発光を示すことを初めて明らかにしました。これは、電気陰性度の高い窒素原子を含むアゾベンゼン構造が本質的に高い電子受容性を有していることを利用し、効果的なドナー・アクセプター系を構築できたことに由来します。従来では、このようなアゾベンゼン骨格を強アクセプター性π共役系コモノマーとして捉えた研究例はありませんでした。加えて、アゾベンゼン三座配位子によるホウ素錯体化により、剛直な縮環骨格が励起状態で湾曲し発光性を失い、凝集状態でのみ発光する通常の発光体とは真逆の性質を持つことも明らかにしました。本研究では、有機化合物では稀有な高効率近赤外発光を非発光性のN=N結合の高分子化により達成したこと、励起状態で湾曲する縮環構造の存在を提案したことが画期的となっております。
1) Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 6546.
2) Gon, M.; Wakabayashi, J.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem. Asian J. 2019, 14, 1837.
3) Gon, M.; Wakabayashi, J.; Nakamura, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem. Asian J.2021, 16, 696−703.

ホウ素錯体による固体発光性高分子の創出

 π共役系高分子は共役系が連続した平面性の高い構造に由来して強力な分子間π電子相互作用起こし、発光性が低下するという現象(濃度消光)が見られます。このような濃度消光を低減する戦略が発光性高分子を材料化するためには必須になります。ここで、三座配位子を用いてホウ素錯体化を行った場合、ホウ素上の置換基が共役平面に対し垂直に突き出る構造を形成します。このような主鎖共役系を立体的に保護するホウ素錯体を用い、共役系の過度な分子間相互作用を抑制することで、高効率固体発光性高分子を合成することに成功しました。
1) Gon, M.; Wakabayashi, J.; Nakamura, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Macromol. Rapid Commun.2021, 42(8), 2000566.

PPV型π共役系高分子の近赤外光吸収・発光材料化

 PPV型の共役系高分子はπ共役系の有効共役長(電子が非局在化可能な限界の長さ)の関係上、黄色~橙色の光吸収・発光を示し、赤色~近赤外領域にわたる共役系を創出することは困難でした。そこで我々は、ヘテロ元素の導入によるモノマーの狭エネルギーギャップ化を行うことで、PPV型の高分子においても近赤外吸収・発光材料が合成可能であることを示しました。加えて、この高分子は非常に長い有効共役長を有し、共役系高分子に特有の高いキャリア輸送性を示すことも確認しております。
1) Wakabayashi, J.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Macromolecules 2020, 53, 4524.

縮環型アゾメチンホウ素錯体

結晶化誘起発光増強(CIEE)効果と発光性サーモサリエント結晶の発見

 アゾメチン(-C=N-)構造は、簡便な操作で合成可能であることに加えて、優れた吸収特性、熱安定性を示すことからπ共役系を構築する有効な手段として用いられてきました。一方、アゾメチン/イミン化合物は、光異性化等により発光特性を示した例はほとんど報告されておりません。本研究では、このアゾメチン構造をホウ素原子によって縮環させることで電子的、立体的に修飾を加え、発光材料として応用することを目的としました。図1のような縮環型アゾメチンホウ素錯体を合成したところ、溶液状態では発光を示さず、結晶状態において強い発光を示す、結晶化誘起発光増強(CIEE)特性を発現することがわかりました。さらに、結晶状態において加熱や冷却といった熱的刺激を与えると、結晶相転移に伴って結晶のジャンプや分裂といった激しい機械的運動を引き起こす、サーモサリエント効果と呼ばれる現象が発現することを見出しました(図2)。この現象により、結晶相転移といった分子レベルでのわずかな変化を、結晶のジャンプといったマクロな現象として捉えることができます。
1) Ohtani, S.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem. Eur. J. 2017, 23, 11827.

高効率固体発光性共役系高分子の創出

 縮環型アゾメチンホウ素錯体をモノマーユニットに有する共役系高分子が溶液状態・薄膜状態ともに高効率な発光性を示すことが分かりました。特に、溶液状態と薄膜状態でその発光量子収率に差異があまりなく、濃度消光が見られない非常に珍しい共役系高分子であることが分かりました。フルオレンをコモノマーに用いることで黄色の発光高分子が、ビチオフェンをコモノマーに用いることで赤色の発光高分子が得られます。ビチオフェンのアルキル基の長さを短くすることで、刺激応答性が付与できることが確認され、高効率な発光性を維持したまま発光波長を近赤外領域近くまで長波長シフト化することができます。縮環型アゾメチンホウ素錯体が固体発光性共役系高分子の汎用モノマーとして利用できるのではないかと期待しております。
1) Ohtani, S.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Macromolecules 2019, 52, 3387.
2) Ohtani, S.; Yamada, N.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Polym. Chem. 2021, 12, 2752.

ホウ素キラリティを利用した色彩の異なるCIEE性結晶の創出

 縮環型アゾメチンホウ素錯体はホウ素が不斉中心となっており、鏡像異性体が存在します。この鏡像異性体を光学分割することで、CIEE性のキラル結晶を作成いたしました。すると、ラセミ結晶とキラル結晶で発光色の異なる結晶が得られ、結晶のパッキング構造が異なることに由来することを確認しました。縮環型アゾメチンホウ素錯体はラセミ結晶の方が安定であり、密度の低いキラル結晶は運動性が高く発光波長が短波長化、発光量子収率が少し低下することが分かりました。さらに、ホウ素キラリティは柔軟であり、融点以上に加熱することでラセミ化が起こることを確認いたしました。本研究を通じて、結晶化により発光強度が増強する現象(CIEE性)を利用し、結晶の集合体構造の違いが色彩の異なる発光性結晶を生み出すことを高感度に突き止め、光学分割により恣意的に異なる集合体を創り出すことに成功いたしました。
1) Ohtani, S.; Takeda, Y.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem. Commun. 2020, 56, 15305.

側鎖でエネルギー調節可能なπ共役系高分子

 π共役系高分子は連結させるπ共役系のエネルギーを変えることで全体のエネルギーを自在に調節することができます。ただし、連結可能な構造にはπ共役系を大きくできない、十分な反応性の確保が必要であるなど、様々な制約がありました。我々は導入が容易な側鎖で大きなエネルギー調節ができないかと考え、簡便に反応が進行可能なイミン縮合による側鎖方向へのπ共役系の拡張を設計しました。その結果、π共役系の連結部分の構造は共通でも、イミン縮合の置換基によって大きくπ共役系高分子のエネルギーを調節可能であることが分かりました。イミン結合はアルデヒドとアミンの縮合によって形成され、今回の設計ではπ共役系連結部位にアルデヒド、自在に変換可能な部位にアミンを有しています。つまり、アミノ酸を含む多様なアミンを結合可能な拡張性の高い設計となっており、様々な応用を検討しています。また、π共役系から垂直に突出した置換基効果によって溶解性や成膜性も高く、固体発光可能かπ共役系高分子であることも特徴的になります。
1) Gon, M.; Kanjo, M.; Ohtani, S.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Polym. Chem. 2023, 14(24), 2893–2901. DOI:10.1039/D3PY00335C

刺激によって発光色が変化するπ共役系高分子

 有機分子の中には色が付いたり発光したりするものがありますが、その挙動を外的要因によって変化させることが可能です。特定の化学物質が近づくことによって色が変化する分子は、分子レベルの化学現象を人間の目に見える変化に変換可能であるため、化学センサーとして利用することができます。我々は、固体で高い発光性を有するπ共役系高分子としての特徴を活かすため、発光色変化で視認可能な化学センサーへの応用を検討しました。固体発光性を有するπ共役系高分子に対して、アルキル鎖の長さを系統的に変化させることで、外部刺激に対する応答性を評価しました。その結果、特定のアルキル鎖の長さの組み合わせの時、溶媒蒸気へ曝露することで発光波長が大きく変化することを見出しました。特に、応答前後で発光効率の低下が見られず、視認性の良さを維持することができました。さらに鋭敏な応答性を実現するため、塩基性を有する窒素原子(N)を構造中に導入しました。その結果、酸性の蒸気によって発光色が大きく変化する薄膜を作製することができました。さらに、他の高分子と二重層を形成させることで溶媒蒸気の透過性に応じた段階的な発光色変化を実現するに至りました。このように、π共役系高分子が固体発光することを利用し、様々な状況で発光色を変化させるπ共役系高分子を合成することに成功しました。
1) Ohtani, S.; Yamada, N.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Polym. Chem. 2021, 12(18), 2752-2759. DOI:10.1039/D1PY00213A
2) Kanjo, M.; Gon, M.; Tanaka, K. ACS Appl. Mater. Interfaces. 2023, 15(26), 31927–31934. DOI:10.1021/acsami.3c06277