The TANAKA Lab

Polymerization Chemistry Lab, Kyoto University

近赤外固体発光性材料の開発

はじめに

 近赤外光は、波長が700 nm以上の長さの目に見えない光のことを指します。この光は、植物の生育に有用である他、様々な媒質に対する透過性が高いため、生体や食品の内部イメージングや、暗闇でも視界を確保できる暗視技術、静脈認証を利用したセキュリティ強化などへの応用が期待されます。従来の近赤外発光材料は、貴金属を用いた無機材料が主流でしたが、近年では軽量かつ安価、塗料として大面積化・薄膜化が可能な有機材料の需要も高まってきています。有機物は光を吸収・発光する能力が高く、わずかな量でも十分に機能性を発揮できることも特徴です。

 実際の応用の場面では固体で用いることが大半であるため、いかに固体で光らせるかが肝となりますが、近赤外領域での固体発光の実現は困難を極めます。一般に、近赤外発光を得るには、共役系が広く拡張した平面性の高い分子骨格が必要ですが、固体状態では強力な分子間π電子相互作用により発光性を失ってしまいます(濃度消光)。また、近赤外領域では熱失活の影響も顕著であり、発光がそもそも得られにくいことが知られており、現状有用な分子設計は確立されていません。一方で我々は、当研究室で開発したアゾメチン・アゾベンゼン三座配位子を利用した四配位ホウ素錯体が、近赤外固体発光性材料の有用なビルディングブロックになることを見出しました。これらのホウ素錯体の特徴を活かした、より高性能な新奇材料開発を目指しています。

ホウ素錯体の二核化

 アゾメチン・アゾベンゼンホウ素錯体の構造を対称に拡張した二核ホウ素錯体を合成し、これらが溶液状態・固体状態のいずれにおいても近赤外発光性を示すことを明らかにしました。ホウ素の配位で縮環された二つのC=N結合またはN=N結合を介して共役が分子全体に拡張したことで、単核錯体と比較して発光が最大で200 nm以上長波長化しました。二核錯体は、ホウ素上の置換基が二つとも同じ向きに出るもの(syn体)と逆向きに出るもの(anti体)の二つのジアステレオマーが存在します。溶液状態ではほとんど違いがない一方で、固体状態ではanti体の方がより高効率な近赤外発光を示すことが明らかになりました。特に、N=N結合を含む二核ホウ素錯体においては、近赤外領域ではほとんど報告例のない、結晶化誘起発光増強(結晶化することで、非晶質状態と比べて発光性が増大する現象)を示すことも見出しました。
1) Ohtani, S.; Nakamura, M.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem. Commun. 202056(48), 6575-6578, DOI:10.1039/D0CC02301A.
2) Nakamura, M.; Gon, M.; Natsuda, S.; Tamai, Y.; Ohkita, H.; Tanaka, K.; Chujo Y. Dalton Trans. 2022, 51, 74-84, DOI:10.1039/D1DT03652A.

ホウ素上に嵩高い置換基を有するπ共役系高分子

 π共役系高分子は共役系が連続した平面性の高い構造に由来して強力な分子間π電子相互作用を起こし、発光性が低下するという現象(濃度消光)が見られます。このような濃度消光を低減する戦略が発光性高分子を材料化するためには必須になります。ここで、三座配位子を用いてホウ素錯体化を行った場合、ホウ素上の置換基がπ共役平面に対し垂直に突き出る構造を形成します。このような主鎖共役系を立体的に保護するホウ素錯体を用い、共役系の過度な分子間相互作用を抑制することで、高効率固体発光性高分子を合成することに成功しました。また、ホウ素上の置換基には様々な機能性を導入することができ、主鎖の近赤外発光特性と競合しません。これにより、ニーズに応じた多様な近赤外発光材料の創出が可能となりました。
1) Gon, M.; Wakabayashi, J.; Nakamura, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Macromol. Rapid Commun.2021, 42(8), 2000566, DOI:10.1002/marc.202000566.
2) Nakamura, M.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo Y. Macromolecules 202356(7), 2709–2718, DOI:10.1021/acs.macromol.2c02578.
3) Nakamura, M.; Yamauchi, M. Gon, M.; Tanaka, K. Macromolecules 2023, 56(18), 7571–7578. DOI:10.1021/acs.macromol.3c01124

水中で利用可能性

 π共役系高分子は一般的に疎水性が強く、有機溶媒に高い溶解性を示しますが水には溶解しない等、生体材料として用いる際には工夫が必要となります。疎水性の物質を水中で用いる際の工夫として、ミセル化剤を用いる、タンパク質に吸着させるという手法が用いられてきました。我々の近赤外固体発光材料についても同種の方法で水中利用が可能ではないかと期待し、アルブミンという疎水性部位と親水性部位を多く有するタンパク質への吸着を目指しました。その結果、近赤外固体発光性を維持したまま生理食塩水に溶解可能な粉末として単離できることを発見し、従来材料に比べて高い光安定性を示す等、生体材料として用いる際の重要な物性値を有することが分かりました。身近な物質を用いてπ共役系高分子の物性を大きく変化させた研究であり、今後の応用が期待されます。
1) Yoo, D.; Nakamura, M.; Kanjo, M.; Gon, M.; Watanabe, H.; Kita, H.; Tanaka, K. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2023, 96(7), 659–662. DOI:10.1246/bcsj.20230083