The TANAKA Lab

Polymerization Chemistry Lab, Kyoto University

POSSを基盤としたデザイナブルハイブリッドの創出

分子内にガラス成分を有するかご型シルセスキオキサン(POSS)を高分子材料中に添加すれば、容易にハイブリッド材料化が達成できると考えることができます。この考えの元、既存のハイブリッド材料の高性能化やさらなる機能の追加やこれまで無機成分の導入が困難であった材料のハイブリッド化が可能となりました。そして、トレードオフとなる物性の両立や、全く新しい機能の発見につながりました。

シルセスキオキサンマテリアル

はじめに

 かご型シルセスキオキサン(POSS)とは右図のように一辺が1.5ナノメートルのシリカの立方体構造を中心に、各頂点に有機官能基を持つ化合物の総称である。剛直な立方体核から放射線状に側鎖が配置されており、普通の八官能性の化合物とは異なる性質を示す。特に、溶媒や他の媒質中において高い分散性を示すことから、分子レベルで無機成分と有機高分子をハイブリッドさせることが容易である。我々はPOSSの様々な特性を利用した新規材料の創成に取り組んでいる。

図1.POSSの構造

POSS発光材料

 POSSの剛直性によって、置換基同士の相互作用が小さくなることがPOSS含有イオン液体の研究によって明らかとなった。発光性分子は分子間相互作用によって消光する性質を有しているため、POSS骨格に導入することで相互作用を抑制し、高発光性POSS材料の創出が可能になると考えられる。図1のように異なる置換基構造を有したPOSS誘導体を合成した。光学測定の結果、置換基の構造によって分子内相互作用の影響を変化させることが可能であり、エキシマー発光やモノマー発光が発現することを確認した。また、固体状態においても強い発光が観測されただけでなく、これらの材料は酸素雰囲気化200°C以上の条件においても発光が維持されることが確認された。これらの高耐熱性と固体発光特性はPOSSの立方体構造に由来する特徴であり、POSSが耐熱光学材料として利用できることを見出す結果となった。 Gon, M.; Sato, K.; Tanaka, K.; Chujo, Y. RSC Adv. 2016, 6, 78652.

図2.耐熱性POSS発光材料

ハイブリッド化によるπ共役系高分子の高機能化

 π共役系高分子はベンゼン環を主体とした共役系の連続した構造に由来し、凝集性が高く従来の方法では添加剤による機能の改質が困難であった。さらに、π共役系高分子を発光材料として利用する場合、凝集することにより濃度消光と呼ばれる発光性の低下がみられ、濃度消光の解決は材料応用に向けた大きな課題であった。そこで本研究では、POSSのかさ高い3次元的構造がπ共役系高分子の分子間相互作用を抑制すると期待し、単純混合によるハイブリッド化を行うことで、均一材料の創出に成功した。結果として、薄膜におけるπ共役系高分子の発光性は100倍以上に向上し、2成分有機物混合系で初めて耐熱性白色発光材料化を達成するなど、大きな成果を得ることができた。
1) Gon, M.; Sato, K.; Kato, K.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Mater. Chem. Front. 2019, 3, 314.
2) Gon, M.; Saotome, S.; Tanaka, K.; Chujo, Y. ACS Appl. Mater. Interfaces 2021, 13, 12483.

POSSイオン液体

 イオン液体は、一般に融点が100 ℃以下である液体として定義されており、近年活発に研究が行われている。イオン液体の特徴としては、蒸気圧がほぼゼロであるため不揮発性であること、高いイオン伝導性を有していること、溶媒和能が高く多様な物質を溶解可能であること、などが挙げられる。これらの特徴を活かし、反応溶媒や電解質などへの応用が検討されている。また、イオン液体が注目されている理由の大きな要因として、カチオン種およびアニオン種の多様な組み合わせにより、物理化学的性質を調節できることが挙げられる。現在までに一価イオン同士の組み合わせは多数知られている一方で、1分子に複数の電荷を有するイオン液体に関する研究はあまり行われていない。これは、1分子に複数電荷が存在すると、融点が上昇する傾向にあるためである。また、アニオンの構造は、得られるイオン液体の物性に多大な影響を及ぼすことが知られている。
 そこで今回我々は、POSSのオクタカルボン酸誘導体をアニオン種として用いることで、1分子に8つの負電荷を有するアニオンからなる化合物の物性評価を行った。(図6)カチオンとしては、イオン液体の中で一般的に研究されているイミダゾリウムカチオンを用いた。また、カチオンのアルキル鎖長による物性の変化を調べた。さらに、イミダゾリウムとPOSSの組成比を変化させることで、置換数の異なるデンドリマー型カルボン酸塩の合成を行い、その物性について解析を行った。その結果、POSSを導入することで、イオン液体の耐熱性が向上しつつ、融点は低下するという興味深い性質を見出した。結果として、我々が合成したPOSS塩は室温イオン液体であることが分かった。耐熱性向上についてはPOSSの剛直性に由来して、熱運動が抑制されたためと考えられる。融点の低下については、POSSが立方体構造を有していることから、イオン性置換基が隔離されているため、凝集構造を形成しにくくなったためと考えられる。
Tanaka, K.; Ishiguro, F.; Chujo, Y. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 17649.

図3.POSSイオン液体

蛍光色素の水溶性付与・高輝度化・退色保護を同時に行うホスト分子の開発

 分光学的な手法による生体反応の可視化は、感度や利便性、得られる情報量から、研究から臨床診断において最も強力なツールの一つである。生体への付加を軽減することと透過光深度の問題から、色素は長波長励起長波長発光が求められている。しかし、一般にこれらの要件を満たすためには分子骨格の拡大が必要であり、そのために色素の水溶性が著しく低下する。また、励起のためのレーザーの照射による退色という問題点も存在する。我々は、これらの問題を克服するために、新規のデンドリマー型ホスト分子を開発した。このホスト分子は様々な脂溶性分子を効率よく取り込み、ゲスト分子の水溶性を向上することができた。さらに、内包化された蛍光色素の発光量子収率は上昇することと、光退色から保護されることも示された。これらの結果は、現在用いられている色素の性能を向上するだけでなく、上記の問題で生体での使用が困難であった色素についても、このホスト分子が生体適合性を向上することが可能であると期待される。
Tanaka, K.; Inafuku, K.; Naka, K.; Chujo, Y. Org. Biomol. Chem. 2008, 6, 3899.

図4.POSS核デンドリマーに内包することで蛍光色素の光退色を阻害

POSSネットワークポリマーによる水溶性ゲル

 シロキサンポリマーは高い熱的安定性、有機溶剤に対する耐性、ガス透過性などを有しており、様々な用途に使用されている。さらに、剛直な立方体骨格を有するPOSSは、高分子鎖に導入することで有機高分子の熱的安定性を付与するのみならず、特徴的な構造に由来した様々な機能を発現する。本研究では、POSSを主鎖に含む三次元ネットワーク高分子を種々の条件下において作成し、それらの物性の違いについて調べた。既報に従い、オクタアミノ POSS の塩酸塩を合成した。続いて、メタノール中で無水こはく酸と反応させることで、オクタカルボキシ POSSを高収率で得た。これら二つの修飾POSSをモノマーとし重縮合反応を行うことでネットワーク状のポリマーを作成した。反応濃度を変化させることにより容易に架橋度を制御でき、さらに架橋度により耐熱性や屈折率、分子の取込み能といった物性が変化した。
Tanaka, K.; Inafuku, K.; Adachi, S.; Chujo, Y. Macromolecules 2009, 42, 3489.

図5.POSS含有水溶性ネットワークポリマー

POSSフィラーによるプラスチックの熱的安定性と機械的特性の向上

 有機無機ハイブリッド材料の開発において、フィラーを用いた材料特性の向上や機能の付与は簡便で有効な戦略である。我々は、ナノフィラーによるハイブリッド材料開発において、精密設計に従った正確な機能発現を目指している。POSSをプラスチックにフィラーとして添加することで、少量で熱的・機械的特性を向上させることが可能である。さらに、POSS のそれぞれの頂点に導入された置換基を変化させることで、材料の特性を様々に変えることが可能である。本研究では、置換基が異なる数種類のPOSS をフィラーとして添加することで、ポリスチレン(PS)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)の熱的・機械的特性がどのように変化するかについて検討を行った。その結果、側鎖に剛直性の高い置換基を有するPOSSはいずれの高分子において熱的安定性と剛性を向上させることが分かった。これはPOSSの剛直性が効率よく高分子鎖に伝えられたためであると考えられる。
Tanaka, K.; Adachi, S.; Chujo, Y. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem. 2009, 47, 5690.

図6.POSSフィラー添加による高分子材料の安定化

POSS核導入による金属イオンの配位形式の変化

 銅イオンを含む水溶液にそれぞれ 16 個のカルボキシレート基末端を有する世代数1.5の POSS 核デンドリマーとPAMAM デンドリマーを添加し、紫外可視吸収スペクトルを測定した。(図5)様々な濃度比の銅-デンドリマー混合水溶液を調製したところ、POSS核デンドリマーでは全ての溶液において 714 nm 付近にのみ極大吸収波長を示したのに対して、PAMAMデンドリマーの溶液では極大吸収波長が 600-750 nm の間で移動した。また長波長側での吸収強度を縦軸、銅・デンドリマーの総和濃度におけるデンドリマーの割合を横軸とした Job プロットを作成した。得られたデンドリマー錯体の組成比を銅イオン一分子に対するデンドリマー内部の窒素配位数に換算したところ、POSS核デンドリマーでは CuN2O2 型構造のみ、PAMAMデンドリマーの場合には CuN2O2 型や CuN4 型構造をとりうることがわかった。PAMAM デンドリマーではその柔軟な分子構造により錯体構造の変化が生じる一方で、POSS 核デンドリマーの場合には POSS 骨格によって誘起されたデンドリマー構造の剛直性や低い運動性により一つの配位形式のみを形成することが明らかとなった。
Naka, K.; Fujita, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Langmuir 2007, 23, 9057.

図7.デンドリマー核にPOSSを導入することによる配位形式の変化

無機物と有機高分子のハイブリッド化による分子複合材料の創製

有機ー無機ポリマーハイブリッドの合成

 私たちの研究室では、プラスチックでもないガラスでもない、その中間に位置するポリマーハイブリッドと呼ばれる材料の合成法の研究をおこなっています。 プラスチックやガラスはそれぞれ基本になる分子が集合することによって、一つの素材となっていますが、我々はその構成単位をゾル-ゲル法と呼ばれるガラスを合成する手法の一つを用い、分子のレベル(ナノレベル)で均一に混ぜることでポリマーハイブリッドを合成しています。 また最近我々は、ナノサイズのユニークなカゴ型構造を有するシルセスキオキサンを無機成分とし、有機ポリマーと混ぜ合わせることで、新規有機ー無機ポリマーハイブリッドを合成することに成功しました。

マイクロ波を利用したハイブリッドのin situ重合および光学材料への応用

 一般に、ポリマー-シリカハイブリッドの合成はポリマー存在下アルコキシシランのゾルゲル反応を用いて行われます。有機ポリマーとシリカとの弱い相互作用あるいは有機-無機間の共有結合を利用することで、有機-無機がナノレベルで複合化した材料が得られます。本手法には、(1)反応中に水やアルコールを生成する為に体積収縮が大きい、(2)有機・無機各々が相互作用可能な官能基を持たない場合はハイブリッド化できない点が挙げられます。それらを解決する手段として、有機モノマーの重合とアルコキシシランのゾルゲル反応を同時に行う ”in situ 重合法” が開発されています。これにより体積収縮の小さいハイブリッドが得られ、さらにポリスチレンなどシリカとの親和性の低いポリマーでも物理的な固定化を経由してシリカとのハイブリッド化が可能であることが明らかになっています。  in situ 重合法は、有機-無機ハイブリッドの合成方法として非常に有用でありますが、反応時間が長く、産業的な観点において不利となります。そこで、このin situ 重合法にマイクロ波照射を利用してハイブリッドの合成を行いました。また、このin situ 重合系にボロンジピロメテン(BODIPY)などの有機ホウ素色素を導入し、色素の分散性、光学特性ならびに耐光性について検討を行いました。

マイクロ波を利用したハイブリッドのin situ重合

有機モノマーとして2-ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、アルコキシシランとしてメチルトリメトキシシラン(MeTMOS)を用い、マイクロ波を利用したin situ 重合法を検討しました。その結果、通常の加熱方法に比べ、ラジカル重合およびゾルゲル反応の両方が促進されることで、短時間で均一性の高いPHEMA-シリカハイブリッドが得られました。
Kajiwara, Y.; Nagai, A.; Chujo, Y. Polym. J.200941, 1080-1084.

優れた発光特性を示すPHEMA-シリカハイブリッドの合成

 BODIPYは平面性が高く結晶化しやすい為、通常の加熱方法ではハイブリッドの合成中にBODIPYが結晶化し、均一なハイブリッドは得られません。一方、加熱方法としてマイクロ波を用いることでゾルゲル反応が迅速に進行し、BODIPYの結晶化が抑制され、高濃度のBODIPYをハイブリッドに均一に分散することが可能となりました。また、BODIPYを共有結合を用いてハイブリッドに導入することにより、優れた耐光性を示し、さらに色素の溶出を抑制することができました。
1)Kajiwara, Y.; Nagai, A.; Chujo, Y. J. Mater. Chem. 201020, 2985-2992.
2)Kajiwara, Y.; Nagai, A.; Chujo, Y. Bull. Chem. Soc. Jpn 201184, 471-481.

高効率白色発光を示すPHEMA-シリカハイブリッドの合成

 複数の有機ホウ素色素をPHEMA-シリカハイブリッドに導入した場合の、色素間のエネルギー移動について詳細に調べた。その結果、マイクロ波照射を用いてハイブリッドに分散・固定化させることで色素間のエネルギー移動が抑制されることが明らかとなりました。さらに、RGB発光色素をPHEMA-シリカハイブリッドに導入することにより、高い発光効率を示す白色発光ハイブリッド材料が得られました。
Kajiwara, Y.; Nagai, A.; Tanaka, K.; Chujo, Y. J. Mater. Chem. C201346, 2969-2975.

酸素応答性りん光材料・大気中でりん光を発するハイブリッド

 ハイブリッドを構成するポリマーとシリカの比率を変えたポルフィリン白金錯体を含有するハイブリッドを合成しました。ポルフィン白金錯体は、リン光発光色素であり、酸素により消光することが知られています。基盤材料として用いたハイブリッドの組成比を変えることで、水中において溶存酸素による消光の度合いをコントロールすることが可能になりました。
Okada, H.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Bioorg. Med. Chem.201422, 3141-3145.

高耐久性導電性ハイブリッド

 ゾル―ゲル法を用いてTTF-TCNQ錯体を分散したハイブリッド材料を合成しました。触媒として弱酸を用いることにより、錯体が構造を保持した状態でハイブリッド化が可能となりました。TTF-TCNQ錯体は導電性を持つ電解移動錯体であり、ハイブリッド化することで、高温でも高い導電性を示す高耐久性導電性ハイブリッドを作成することができました。
Okada, H.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Polym. J.201446, 800-805.

金属ナノ粒子の合成と組織化

 ナノ金属粒子の物性は、通常我々が手にする金属とは異なる挙動を示すことが知られており、近年非常に注目をあびています。我々は有機ポリマーと金属との相互作用を高度に制御し、粒径のそろった金属微粒子をナノメートルのオーダーで任意の形状に組織化することに成功しました。 このようにして得られた金属微粒子はナノ導線・高活性金属触媒・光反応触媒としての応用が期待されます。