The TANAKA Lab

Polymerization Chemistry Lab, Kyoto University

超原子価結合によるπ共役系の物性制御

はじめに

 有機物において光吸収・発光波長を長波長化するにはπ共役系を拡張する手法が一般的であり、これは共役長の拡張に応じてπ電子が分子全体に非局在化し最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)のエネルギー差であるエネルギーギャップが小さくなることに由来します。しかし、π共役系には有効共役長(共役系が連動可能な長さ)が存在するため、長波長化には限界が存在します。人の目に見えない近赤外領域のような低エネルギー体を合成するためには、モノマーユニットである低分子を長波長化することが1つの有効な戦略となります。低分子のまま長波長化するには、電子供与性や電子求引性置換基を導入する方法がありますが、適切な位置への置換基の導入の必要性、分子構造の複雑化、分子構造の捻じれによる共役長拡張の阻害といった分子設計の困難さが問題となります。
 そこで、我々は低分子におけるπ共役系の新しい電子物性制御手法として超原子価化合物に着目しました。超原子価化合物とは、中心原子の価電子数が形式的に9以上存在する超原子価結合を有する主要族元素化合物のことを言います。特に、代表的な超原子価結合様式である三方両錐形の五配位構造は、アピカル位とエクアトリアル位で異なる結合の性質を持ち、うまく活用することでπ共役系の平面性を保ちながら電子供与性と電子求引性を同時に実現可能ではないかと期待しました。π共役系の拡張と共存させることで従来では到達できない低エネルギー化合物を得る戦略や、超原子価結合の柔軟な配位形態を利用することで共役系の電子物性をスイッチングする新しい戦略になるのではないかと考えております。

超原子価スズ化合物

赤色発光化合物の合成と配位数変化に連動した発光クロミズム

 超原子価アゾベンゼンスズ化合物が長波長領域で吸収を示すことは以前から報告されていましたが、赤色領域で発光性を示すこと、その発光性を調節可能であること、これらが超原子価結合とπ共役系の相互作用に由来することをそれぞれ突き止めました。これにより、超原子価アゾベンゼンスズ化合物が低分子にもかかわらず赤色以上の長波長にわたる光吸収・発光化合物へ応用可能であること明らかにしました。さらに、三方両錐形の五配位構造を有する超原子価アゾベンゼンスズ化合物が求核剤の配位によって安定に六配位化することを見出し、可逆的に光吸収・発光色を変化させることを発見致しました。特に、ジメチルスルホキシド(DMSO)の配位は結晶中でも進行し、結晶-結晶転移による発光クロミズムを実現いたしました。超原子価化合物において、五配位構造と六配位構造をそれぞれ単結晶構造により明確にし、超原子価結合に由来したπ共役系の発光クロミズムの実現とメカニズムを証明した初めての研究例になります。また、本メカニズムをπ共役系高分子薄膜へと応用することができました。色彩変化によって可逆的に動作するπ共役系高分子薄膜を用いた化学センサーの報告は珍しく、塗料としての応用や試験紙の作製に大きなメリットがあると言えます。
1) Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Chem.-Eur J. 2021, 27, 7561. DOI:10.1002/chem.202100571
2) Gon, M.; Morisaki, Y.; Tanimura, K.; Tanaka, K.; Chujo Y. Mater. Chem. Front. 2023, 7(7), 1345–1353. DOI:10.1039/D2QM01295B

近赤外光吸収・発光を示すPPV型π共役系高分子

 ポリパラフェニレンビニレン(PPV)は高い光吸収・発光性を示す代表的なπ共役系高分子です。しかし、PPVを構成するベンゼン環やビニレン結合では有効共役長の関係から近赤外領域に到達する低エネルギー化を行うことは困難となります。そこで、超原子価結合を利用したモノマーユニットの低エネルギー化を行うことで、PPV型において近赤外光吸収・発光性を達成しました。超原子価結合とπ共役拡張によるエネルギーギャップ制御が両立可能であることを示すことができしました。この研究を発展させることで、更なる狭エネルギーギャップ化合物の創出が期待できます。
1) Gon, M.; Tanimura, K.; Yaegashi, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y. Polym. J. 2021, 53, 1241. DOI:10.1038/s41428-021-00506-x

超原子価ゲルマニウム化合物

 周期表にある元素は族・周期でそれぞれ似たような性質を持つものとして分類が成されていますが、それぞれ異なる個性を持っております。このような個性が有機化合物中でどのように機能するか系統的に調べるといった研究が多くなされています。我々も、超原子価化合物中で元素を変えた場合の挙動について研究展開を行うため、スズと同族であるゲルマニウムを導入しました。その結果、スズ化合物と比べてゲルマニウム化合物ではπ共役系がより狭エネルギーギャップを持つことが分かり、元素に応じたπ共役系のエネルギー制御が可能であることが分かりました。スズに比べてゲルマニウムの原子サイズが小さいことが構造全体の歪みを小さくし、超原子価結合の作用が大きく働くことが要因と解析できました。分子設計を大きく変更することなく、化合物の物性を大きく変化させることができるため、重要な戦略になります。また、低分子で近赤外発光性を有する化合物は珍しく、この特性はπ共役系を拡張することで大きく強化可能であることも発見しました。
1) Gon, M.; Yaegashi, M.; Tanaka, K.; Chujo Y. Chem.-Eur J. 2023, 29(12), e202203423. DOI:10.1002/chem.202203423
2) Gon, M.; Yaegashi, M.; Tanaka, K. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2023, 96(8), 778–784. DOI:10.1246/bcsj.20230120

超原子価ビスマス化合物

 周期表の中でも高周期に位置する元素は重元素と呼ばれ、放射線を吸収しやすい、多様な酸化数を取ることができる、相対論効果を示すなど、軽元素とは一風変わった性質を示します。15族元素であるビスマスは主要族元素の中で特に重い元素でありますが、生物に対する毒性が低く安定であり取り扱いに優れていると言えます。研究的にも注目度が高く、様々な超原子価ビスマス化合物がこれまでに合成されています。我々はπ共役系と連動した性質を確認するため、新しい超原子価ビスマス化合物の合成に取り組みました。その結果、配位性の化合物を認識して色変化を起こすなど、センサーとしての役割に優れていることが分かりました。超原子価スズ化合物でも同様の性質を示していましたが、ビスマス化合物は特に認識感度が高く、ビスマス周りの空間が広いことに起因していると結論付けることができました。このように、超原子価ビスマスとπ共役系を組み合わせた新しい性質を発見するに至りました。
1)Tanimura, K.; Gon, M.; Tanaka, K. Inorg. Chem. 2023, 62(11), 4590–4597. DOI:10.1021/acs.inorgchem.2c04478